かこの心も体も健康になるblog

アラフィフからの健康美を追及していきます。

生活費2万円の代償は、

完全同居で結婚して身体を壊してからの妊娠でした。

 

もうその頃は何が正しいのか判断がつかなくなっていたんでしょうね。

病気は病名がついたり症状がでれば判断できるけれど、考え方や性格なんて千差万別なものだから何が正しいかなんて簡単に判断することは難しいです。

でも、私がその時に健康だったならちゃんと判断ができたかもしれない。

 

長女を産んで仕事を辞めてからは私の収入がゼロになったのでもちろん配偶者から貰うことになるのですが。

お金にとっても執着しているケチなんでしょうね。

当たり前のように、

「食費は2万円で十分だよね。」と。

 

今なら、絶対に判断できた、こんな金額では無理だ!って。

でも、その時は体にも頭にも栄養が廻ってなかったので、何となくそんなものなのかなって納得してしまったの。

 

ちなみにこの食費2万円には、紙オムツ代やトイレットペーパー等の生活雑貨代も込みの金額。

だから本当の食費なんて半分くらい。

でも、配偶者はものすごく高額な生活費を渡してると自信を持ってる感じ。

だからいつも私の作るものをバカにしていた。

 

この生活費2万円は私が次女を産んで、パートに就くまでの数年間、続いていました。

 

次女は2歳、未満児で保育園に入れました。

それまで大人2人、子供2人の食費が約1万円。

 

どんなことになるか想像できますか?

 

健康に生きていくことは不可能です。

栄養が足りないんですもん。

人間に必要な細胞が作れないんですもん。

だから、次女は学習障害児として生まれました。

長女は病気で入院をすることもありました。

私も病院通いばっかり。

 

生きてる意味なんて全くない状態が続いていました。

 

そんなになってまでも、何故か私は配偶者の言いなりで、その上配偶者にバカにされる毎日でした。

DV被害者の方達がそこから逃げられない気持ちがよくわかります。

考える事ができないんですもの。

何が正しいのかの判断ができないんですもの。

 

長女が小学校1年生になった頃、本気で子供達を連れて死のうと考えてました。

でも、せめて私のこの身体が治ったら子供達を殺さなくて済むのかもって必死に方法を探して見つけた栄養学。

 

栄養学を見つけてから本当に死に物狂いでやってきました。

配偶者にバカにされながら。

でも、絶対に健康になりたかったし、子供達にもまともな人間に育ってほしかったから。

 

今思うことは、あの時本気でやってよかったな~って。

配偶者の言葉は全部無視して正解だったな~って。

 

でも、本当に大変でした、特にお金が。

食費もサプリ代も病院代も教育費も子供の洋服代や雑費なんかも自分で払ってきたから。

あ、保育園代や給食費なんかは払ってもらえましたけど、パートしかできなかった頃はカードの引き落とし日にお金が足りないこともしばしばで。

 

私の預貯金全てなくなってしまったんですよね。

やっと正社員で働いて少しは余裕ができるかなって思ってたら何と配偶者が、

「俺は大変だから金よこせ」と。

俺はあれを支払って、これも支払って~とか始まったんで面倒臭くなって毎月少し私ってしまったんですが。

以前にもブログで書いたかな?

私の1900円のパーカーを見て、

「俺のパーカーなんて1万5000円もするんだぞ、1900円なんてバカじゃねーかー」

と、言ってきたんですよね。

そう、配偶者は私からお金を取って自分は高い物を買って、私をバカにしに来るのが好きなんです。

 

病気の頃の私だったらそのままで終わりですが、栄養学で正気に戻った私は違います。

お金を渡すの止めました。

私のサプリやプロテインを配偶者が飲もうとしたらお金を要求することにしました。

 

完全に自分軸で生きることに決めました。

その結果が今少しづつ出てきています。

 

今、私は漢方薬も飲んでいません。

ストレスはストレスになる相手を潰せばいいと腹をくくりました。

配偶者は私のやってることをバカにし続けてる結果でしょう、薬が手放せない毎日です。

 

きっとこの差は歳をとればとる程大きくなるでしょう。

 

先週47歳になりました。

老化現象も身体のあちこちに起きているけれど、もっともっとこの差を大きくしてやろうって思います。

 

2万円の代償はとっても大きかったけど、その後の学びで私の頭の中はしっかり変わることができました。

これだけの経験ができたのだから全てを糧にして歳を重ねて素敵な女性になりたいですね。

 

 

 

ワクチン接種

私が住んでる地域はちっちゃな所。

新型コロナウイルスのワクチン接種券が対象年齢に配られました。

もちろん予約不要で2回目までの接種日が決まっています。

 

私自身はね、ワクチン接種を受ける必要もないと思い、封筒を開けてすらいなかったんです。

が、私が受けないってことは、当然のことのように次女までもが封筒を開けてすらいなかったのです。

 

注射が大っ嫌いな次女。

幼い頃は周りの誰よりも泣き叫んでいたけど、そのまま成長してしまいました。

大学からも接種案内が来ていたのに見事にスルー。

それなのに、もうちょっとコロナが落ち着いたらボランティア活動に行きたいとか、学際の実行委員をしたい、とか。

やりたいことはたくさんあるようで。

そんなことを言うならやっぱりワクチン接種は必要だと思うのですよね。

接種は強制じゃないって国の方では言ってるけれど、現実にはたくさんの制限がでてきますから。

こうなったら、しょうがない。

「じゃあ、ママも打つから一緒に行くんだよ。」

と、言うしかなかったのです。

接種は来月の始め。

会社とスーパーくらいにしか行かないおばさんに接種は必要なのか?と思うところもあるけれど私が行かなきゃてこでも動かないとてつもなく頑固な次女だから仕方がないですね。

 

で、その接種の話をしている時に一緒に話題にでたのがペッテンコーフェルの話。

ドイツの衛生学者の方。

私が栄養学を始めた頃に子供達に話していたことがあったんですよね。

 

ペッテンコーフェルは自説を証明するためにコレラ菌を自分で飲んだ方。

(詳しい内容は気になりましたら調べてみてください。)

この方はコレラを発症することなく下痢で終わったそうです。

この発症に至らなかったことについてはコレラに感染したことがあり、免疫があったかもとか。

コレラ菌の毒性が薄まってたとかかもとか。

はっきりした理由はわかっていないとかかれてることが多いのですが。

この方は栄養学も研究をしていたようです。

だから、獲得免疫ではなく自分の体の自然免疫でコレラを発症するには至らなかったのだと思います。

 

まあ、これが本当の事実だとしたら今の日本や医師会は絶対に認めたくない事実ですよね。

 

病原菌があって、病人になって、病院に来て、薬を売って、そして利益を得る。

これが儲かる病院ビジネスですものね。

 

栄養学で病気になる人がいなかったらせっかくのビジネスが成り立ちませんから。

だから私はペッテンコーフェルを目指す!って言ってました。

栄養学を始めた頃、こんなことばっかり言っていたのです。

子供に伝えるためというよりは、味覚を治しながら栄養を摂っていた私自身を鼓舞するために。

子供に言いながら自分に言い聞かせていたんですよね。

 

それを次女が覚えていて、

「栄養を摂ってれば、ワクチンはいらないでしょ。」

ってね。

 

まあ、それはそうなんだけどね。

自分はそう思っても、周りはそうは思ってはくれないわけでして。

難しいところですね。

 

長女にはこちらの接種券を送って、住んでる近くで予約を取るようにしたんです。

ただ、食事がしっかりしてるわけではないのでワクチン接種をしても副反応が心配。

今、寮では自炊が禁止で使っていいのは電子レンジのみ。

何かね、逆だと思うのよね。

レンジでチンは分子レベルで栄養を壊すようでコロナに罹りやすい体を創るようで怖い気が・・・

私は栄養学を始めた頃に電子レンジを処分したものですから、何でそうなるのかな~って思うことはいっぱいあるけれど。

それがルールってなってるのなら仕方がないですものね。

お店もコンビニくらいしか近くに無いようなので。

簡単に栄養が摂れるもの。

長女の毎月の食料にこれも入れて送ってます。

簡単なレトルトカレーやサラダにもかけて食べる事ができるから。

これから暑くなりますし、必要な栄養素も増えますから。

 

コンビニ食でも、レンジ食でもコロナウィルスやワクチンの副反応に負けない体をつくっておかなきゃですからね。

 

実はいまだにレバーが苦手な私も毎日重宝しています。

 

 

おばちゃんだけではないんです。

頻尿、残尿、尿漏れ、年をとってくると悩む人が多くなりますね。

ドラックストアのそういうコーナーでもたくさんの商品が並んでますね。

あの数を見ると悩んでる人が多いんだなっていうのがわかります。

 

私もはっきり言って全てにあてはまってると思います。

でもね、それは歳をとってからの悩みじゃないです。

よ~く思い返してみると、それで困っていたって記憶が残ってるのは中学生の頃から。

 

夜寝る前には必ずトイレに行く。

でもね、少し経つとまた行きたくなるんです。

トイレに行かないと眠りにつくことができない。

それを何回か繰り返してからやっと眠れる。

毎晩、これの繰り返し。

学校でも休み時間ごとにトイレに行ってた。

何度も何度もトイレに行くのは恥ずかしくて苦しかった。

学校での思い出はこんなものかな。

 

歳をとってきていろんな情報が入ってくると尿トラブルのことって結構多いってことに気づいたんですが。

よくよく考えてみたら、その症状は全部子供の頃からあったじゃない、私に。

って、気づいたんです。

 

つまり、私って子供の頃からおばちゃんだったてことですよね。

これ、結構切ない。

 

そこに追い打ちをかけられて一日30回くらいの下痢も加わってしまったから本当に大変でした、生きていくことが。

 

それから始めた栄養学。

これがね、面白いように治っていくんです。

普通の人の生活に近づいていくことができる。

一番に具合が悪かった頃なんてフルタイムで仕事なんか行けるわけがないって思っていたけれど、今は一日12時間も外に出っぱなし。

以外に何とかなるものなんだなって、自分でも感心していまいました。

 

でも、ちょっとね。

やっぱり、歳って、抗えないものなんだなって。

思うことが最近増えてきています。

栄養をしっかり摂れば大丈夫って思っていたけど。

歳をとってきたらそもそもそんなに食べれない。

もうちょっと効率よく摂る方法を考えなきゃって感じていたとこでした。

そこで最近飲み始めたのがこれ。

身体を動かすためにたんぱく質はそれなりにとってはいたんですがそれを働かせるためのミネラルがちゃんと摂れてないのかなって。

これから暑くなれば飲む量も増えてミネラルもとれるならばとっても簡単。

 

たんぱく質だけ摂ったって栄養にはならないってちゃんとわかってたつもりだったけど歳をとってきたことと、ちょっと健康になってきたことで気が緩んじゃうから。

必要な栄養素が他にもあるってこと、忘れちゃうんですよね。

最近ね、急激な坂を転がり始めてる感じがしてたから。

 

ケイ素は、3年前位かな?もっとしっかり摂らなきゃってどれにしようか考えていたんです。

でも丁度その頃に長女の大学受験があって、手続きやら引っ越しやらで忙しさにかまけてすっかり忘れていたんです。

 

で、最近の自分のおばちゃん感で思い出したの、シリカ水をね。

3年前から飲んでおけばね~、もしかしたらこの残念感はなかったかもしれないのにね。

 

今、飲み始めて1週間位。

何となくね、唇の皮が剥けなくなってきたのかなって。

 

尿トラブルも解消されるといいな。

どんなに歳をとってもオムツはやっぱり嫌ですからね。

 

スタートライン

普通の生活をしていたつもりでした。

 

普通に仕事をして、それなりに楽しんで、結婚して、子供を育ててって。

 

でも、結婚して、体調を崩して、健康になるための栄養学を始めてから全てが変わりました。

うーん、変わったっていう表現であってるかな?

確かに考え方と行動も変わったけど。

 

一番変わったのは過去への認識。

 

栄養学を始めてからも度々体調を崩すことはありました。

まあ、それはね。

時間をかけて体調を崩したんだから治っていくのもそれなりの時間は必要だろうとわかってはいるんです。

 

それでもね、なんでこんなにいつもいつも調子が悪くなるんだろうって苦しんでいました。

今日こそは頑張ろう、明日こそはしっかり動こう、っていつも思うのだけど。

身体がそこまでついていかない。

確かに歳をとってきているっていうのもあるけど。

 

周りの人達を見ていると持病を持っていてもそれなりに動いている。

 

私はというと、健康診断でも、何度不調で病院に行っても何一つ病気がないのに。

電池が切れたように寝込んでしまう。

昨日もそう。

せっかくの病院も何も予定を入れていない土曜日。

あれもしよう、これもしたいって考えていたけど。

お昼ちょっと前には起き上がっていられなくてそのまま寝込んでしまいました。

 

身体が弱いって言ってしまえばそれまでだけど。

何故、弱いのか?ってことですよね。

今まで散々に栄養を摂ってきたのに。

 

でもね、ずっと思ってたことがあったんです。

確かに結婚して完全同居して身体を壊したことはそうなんだけど。

ここまでダメになってしまった訳。

これがまだ自分の中でもやもやしてて、頭の中でいつまでも恨みつらみがぐるぐると廻ってるんですね。

 

私はね、もしかあんにゃの長女。

あ、もしかあんにゃとは新潟の方言で農家の次男もしくは三男です。

つまり、次男の嫁が産んだ一番初め娘です。

昭和40年代後半、戦後の復興も終わり、どの家もそこそこの収入や教育レベルも持っていた時代だけれど。

私の生まれた家はそのどれも持っていなかった。

だからね、もしかあんにゃの長女なんてはっきり言えばいらないもの。

 

普通の育児なんてされてなかった。

産まれてすぐから泣かれるとうるさいので市販のジュース(乳児用ではなくその時代の体に悪かったもの)を哺乳瓶に入れられ一日中くわえさせられていた。

1歳頃の動きだす頃には歩行器に入れられ行動を制限されられていた。

19歳で家を出たけど、家にいた19年間の食事を思い出そうとしたけど何ひとつ思い出せない。

思い出の味がひとつもない。

ってか、何食べて生きてきたんだろう?

一生懸命に思い出してみた。

ピンクと黄色と茶色の3色の棒アイス。

白いミルク味の棒アイス。

コーヒークリームのパン。

バナナクリームのパン。

これくらいしか思い出せない。

 

ってか、これを思い出して思っっちゃった。

もともと身体ができてなかったんだよって。

身体がきちんと形成されてないってことは頭だってね、もちろんです。

 

全てがまともに生きていくうえで足りなかった。

だから結婚して完全同居になって酷い目にあっても、配偶者が義母そっくりでもそれが私には全くわからなかった。

 

周りの人を見ていてね、不思議に思っていたんです。

病気になっても、私より悪い食事をしていても、ちょっと気をつければ普通に寝込まずに生活できるんだなって。

 

今、思い出してみてわかってきました。

周りの人はみんな、普通に育ててもらっていたんですね。

そこが違っていたんだなって。

やっと、やっと、です。

 

私は、治すんじゃないんだなって。

いちから育てなきゃいけないんだな、自分を。

 

栄養学を始める前、本当に体調が悪かった頃。

私の母はまだ生きていました。

何が正しいのか判断できなかった私は体調の事を親に相談したような気がするのですが。

無意味な事してましたね。

 

私、何でこんなに身体が治らないんだろうってかんがえていたら。

数学で問題が解けなかった時のことを思い出して。

わからなくなったところまで遡って解いたのを思い出したんです。

そしたらね、子供の頃の記憶がほとんど無いってことに気が付いたんです。

それと、栄養学を始める前のことも殆ど記憶に無い。

いつ小学校に入ったかとかどの学校に通ったかとかいつ結婚したかは、覚えてますよ。

痴呆ではないので。

でも、その頃の感情とか、友人や流行ってたもの。

ただ、全てが苦しかったっていうことだけは覚えてる。

そう、ホントに苦しかったし、生きづらかったと思う。

それを無理して、強がりだけで生きていた気がする。

 

この苦しさの原因が、生まれた時からの栄養不足だったんですよね、きっと。

体も頭も出来上がってないんだもん、普通に生きるのは難しいかったよねって今ならわかる。

 

このブログ、身体を治すって目的で描き始めたけれど、心機一転。

自分を育てる成長記録にしていこうと思いました。

 

せっかくの貴重な時間を意味なく寝込むのは昨日で最後にしたいという思いを込めて。

 

 

 

 

不思議な生き物

我が家には猫がいます。

知人の家の近くでやせ細っていた迷い猫。

アメリカンショートヘアなので野良猫ではないことは確かです。

 

保護した知人の家には先住猫が2匹おり、その猫たちと折り合いが悪く病気になってしまったので我が家で引き受けることにしました。

 

うちで動物を飼うのは初めて。

私は実家では飼ったことがあります。

ミックス犬、インコ、十姉妹、亀、ウサギ。

でも、猫は初めて。

 

でもね、タイトルの不思議な生き物とは、猫の事ではないです。

 

それは、私の配偶者とその親達。

そもそも、人間だってそうなんだけど、動物なんて自分の思い通りになる訳ないと思いませんか?

 

普通の人間なら前頭葉の大きさもそこそこあって社会性を持って生きてきてるんだから、理性があるから、嫌なことをされてもいきなり攻撃してくることはないけどね。

 

犬や猫の脳の大きさを見れば普通ならわかるはず、って思っていたけどね。

配偶者たちはよく、噛みつかれるんです。

 

それはね、相手の気持ちを考えないから。

自分が良ければそれで良しっていう考え方なんです。

これを考え方っていうのも何か違和感があるようにも感じるのだけれども。

 

これは相手の機嫌を取れっていう意味ではないです。

今していることが相手を不愉快にさせていないかって事を考えなきゃいけないってことです。

これがね、猫相手だから噛まれて自分が痛い思いをすればそれで終わりなんですが。

まともな人間相手だとただ遠ざかっていくだけです。

周りから人がいなくなっていく。

 

 

私の勤めてる会社の社長がまさにそれ。

自分のやりたいように傍若無人に振舞ってきました。

そして今一気に人が(仕事が)引いていってます。

 

今、コロナ渦で生活が変わっていってますよね。

で、ちょっと前まではどの会社も苦しいって言っていたけど。

生活が変わるってことは新しい物が売れるチャンスですよね。

周りの会社では方向転換をして今はとっても忙しくしています。

24時間稼働になった会社もあります。

 

でもうちの会社だけ取り残されています。

社長はその状態が悔しいのでしょうが残念ながら新しい仕事を作り出す能力は持っていませんし、アドバイスをくれる人脈ももっていません。

 

何をするのかと見てましたら、内職の仕事を取り上げてきて、パートさんにそれをさせて、そのうえパートさんを残業させて、忙しいフリを演出していました。

・・・バカなの?

知っていたけどね、力が抜けちゃった。

 

誰も喜ばないし、誰も助からない方法だよね。

 

これ見てたらまだ猫に噛みつかれてる配偶者はまだまだかわいいもんだって思っちゃいました。

 

発達障害者って、本当によくわからない。

ふたつのうちどちらか。

嫌われる方か好かれる方。

嫌な思いをさせるか喜ばれるか。

必ずと言っていいほど、失敗する方を選んでしまう。

 

一体どんな思考回路になっているのかな。

 

いい女になろうって思ったときにこういう人間の真似はしないようにしなきゃねって思ってたけど。

よくよく考えたら間違ってもそんな行動を普通の人間ならはじめっからする訳ないですね。

反面教師にすらならないいですね。

 

発達障害って、猫よりもわからない不思議な生き物です。

自称

 私は・・・だ。

俺は・・・だ。

 

自分を称する人達。

私の周りにはたくさんいます。

うんざりするくらいに。

 

私の配偶者とその家族は自称がたくさんある人達です。

自称、綺麗好きで、素晴らしい人間で、料理上手で、仕事ができる人間で、センスが良くて・・・

 

今、私は毎日時間が足りません。

たまにネットや雑誌なんかを見るとね、忙しいを言い訳にして時間作りが下手なだけっていう記事を目にしたりするけど、そんなに私は時間作りが下手なのかなって悩んでしまいます。

 

毎朝5時には起きています。

次女が始発で大学へ行くので5時半には朝食を食べて、6時半には駅に送って、7時半には仕事に行きます。

仕事が終わってそのまま次女の迎えに行って、家に着くのは午後7時。

そこから夕食やらお風呂やら洗濯やら明日の準備やら、一体他の人達はどうやって時間を作っているのだろう?

 

毎日、時間が足らず寝る時間を削っていて頭痛や吐き気が続いているのにここでさらに追い打ちをかけられています。

自称、綺麗好きの配偶者に。

 

トイレの床がね、いつも濡れているんです、配偶者が使った後に。

何度か言ったんですがね。

こぼさないようにするか、汚したら拭いて、と。

 

自分に自信がある人達って注意されると頭にくるようですね。

会社にいる自信のある人達とそっくりです。

 

怒ったように無言でその場からいなくなるか、

「そんなこと言われる覚えはないんだよっ!」

って怒鳴るだけ。

 

トイレだけではないんですけどね。

洗面台、流し台、お風呂場、特に水の場所の使い方が酷い。

ここでどんな汚し方かは事細かには書かないでおきます。

もし、自分のところがこうだったらって想像したらきっと生きていくことが嫌になると思いますから。

 

言ってもダメ、かといってこのままトイレに行く度に掃除からはじめるなんて、本当に嫌になる。

それに子供もいる。

それこそ気づかないで踏んじゃいますから。

 

そこで思いついた。

張り紙。

トイレのドアのところにね張り紙をしました。

 

「床が濡れているので、必ず確認」と。

これは、慌てて入ってしまう自分へと、気づかないで入ってしまう次女のために。

 

でもね、30分後、剥がされていました。

ムッときたんでしょうね。

 

それでも次女は張り紙に気づいて、剥がされたことも気づいて、トイレに行く度に掃除をしてから入るようになりました。

 

最近、思うようになりました。

子供は親を選べないですよね。

子供達には申し訳なかったなって。

家の中くらいは気をつかわずに普通に生活させてあげたかったなって。

 

自称、綺麗好きで、おしゃれで、センスがあって・・・・・・で、発達障害

本物の綺麗好きなら使った後は絶対に綺麗。

自称、綺麗好きは自分が綺麗だから汚した場所は汚いから触れないんですよね。

 

どうりで会社にも自称・・・はいっぱいいるけど社屋内が綺麗にならないのはうちと同じだってことなんですね。

 

私の時間作りが下手なのはまさにここなのかな。

自称・・・な人達をコントロールできずにやることが増えていってるって事。

 

・・・なかなか難しいですね、自称、・・・・な発達障害者。

自分を理解してもらうためにはどうしたらいいんだろう。

 

とりあえず、私がまたストレスで病院通いを始めないためにトイレクリーナーをまとめ買いしてこなきゃかな。

 

家は物置、家はごみ箱

結婚した当初は完全同居でした。

結婚と同時に新築をしました。

 

あの時はまだまだ若くて何にも考えていなかった。

失敗しても後悔してもやり直しができることはたくさんある。

だけどお金が絡んできてしまったら、これはなかなか難しい。

 

結婚するからって何故か同居がはじめっから決まってた。

しかもすぐに家を新築するって決まってた。

しかも家の間取りは義母が決めてた。

しかもローンは義父母がちょこっと払ったらあとは私たちに押し付けられるって決まってた。

 

若かったあの頃はその疑問を聞けることもなく何千万ものローンを背負うことになる。

 

敷地はとっても狭い。

近所の人が、

「こんな狭いとこに家を建てられるの?」

って、驚くくらいに。

 

そこに義父母と私たちと配偶者の妹2人。

大人が6人も住む。

 

そんな狭い所に大人6人も住むんだもん、きっとテレビで見るようなカリスマ建築士みたいな人に頼むのかなって思ってたのに。

 

連れてきたのは義母の甥っ子。

大手住宅メーカーの建築士

義母の希望通りの家にした。

私のちょっとした希望も全て却下になった。

 

せっまい土地なのに、大人が6人も住むのに。

仏間があって、続きの間があって、お客様用のミニシンク付きの部屋がある。

全てが義母のための部屋。

私は新婚なのに妹たちと同じ階の隣同士の部屋。

 

意味が分からない?

はっきり言って住む場所がない。

いられる場所がない。

冷蔵庫も使えなかったし、キッチンも使えなかった。

そういえば洗面所も使うなと言われたっけ。

 

今ならやっとわかる。

配偶者が発達障害で、人間性が義母にそっくりってこと。

義母が近所の人達にキチガイって言われてるってことはそういうこと。

 

配偶者も義母も私の事を感情のある人間として見ていないってことです。

だから居場所も必要ないし、食べるものも必要はないと思ったんでしょうね。

もう、ずっと住んでるのにいまだに落ち着いていられる場所がない。

だから私はずっとストレスで病気のままなんでしょうね。

 

普通の健常者なら絶対に人間に対してできないことを当たり前にやってのけるのが発達障害なんだってことを私は結婚生活で嫌っていうほど学ばせて頂きました。

そのおかげかな?

今の会社では自分の意見を通しながら仕事をしていけるのは。

 

でも、ここまで理解するには時間がかかったな、25年。

身体も壊したし、お金もものすごくかかったな。

 

でもでも、まだまだ続く。

さすがにこのままイライラしたままで歳をとりたくない。

だから少しづつでも居心地の良い空間にしようと変えていってます。

 

が、ここで邪魔をするのが発達障害者。

条件反射、なんでしょうね。

 

狭い家なのでまず、いらないものの処分が必須です。

配偶者と義母は物をため込むのが大好き。

通路さえも全てが物置です。

何日か前に義母の40年程前の電気毛布を処分しました。

私がです。

私が捨てるってことは、私が有料のごみ袋を買ってくるのです。

私が知っている発達障害者はみんなケチです、特に消耗品にはお金を払うのを嫌います。

先週、私が不燃物を処分しようと思い有料のごみ袋に入れておいておきました。

何故か廊下に私が捨てようと思っていた不燃物が残されていてごみ袋が無くなりごみ捨て日が過ぎました。

なんでって?

配偶者が私のごみを袋から出し、義母の不燃物を入れ、捨てたからです。

繰り返される不毛の日々。

 

結果、買ったごみ袋だけが無くなっていくけど、家中物とごみで溢れてる。

 

家は物置、家はごみ箱。

きっと発達障害者はこの方が落ち着くんでしょうね。

会社の中も実は私の家と同じ雰囲気。

同じ空気を感じるの。

どうりで、違和感ばっかり感じるなーって初めの頃から思ってたけど。

家にいるときの違和感とそっくりだった。

 

この空気に同化しちゃうとなんか自分が終わってしまう気がする。

家は物置、家はごみ箱。

この言葉が頭の中からなくなるように、またごみ袋を買ってきます。

膝の上のお肉と砂糖依存症

上半身と下半身の同一人物化を進めています。

 

でもね、ただ下半身を細くしたいって訳じゃない。

下に下がってきた分を上に上げたいんです。

全身を鏡で見るとこの先地面に埋もれてしまうんじゃないかっていうくらい重力に従ってしまってるのがわかります。

 

まず、お臍の形がへの字になってる。

バストの形が二等辺三角形

そして昔はお直しはしたことなかったジーンズを裾上げするようになってしまった。

 

重力ってホントに怖い。

 

で、ネットでいろんな情報を探してみました。

いろんなエクササイズがありますねー。

でもね、実はどれも試したことがあるものばかり。

 

下半身が太くなり始めた頃、焦って調べまくっていろんなことをした経験がある。

そして全て挫折した経験もある。

 

だって、そんなエクササイズをやる時間がないんだもん。

仕事で疲れてるんだから家に帰ってまで立ち上がる気力がないんだもん。

っていう言い訳で自分を納得させてました。

 

でも、ここまで地面に突き刺さりそうになってくると納得なんてしてる場合ではない。

何とかしなくちゃ。

 

で、もう一個、何とかしなくっちゃって思ってたことがありました。

それは、体調不良の原因を作った砂糖依存。

一時はほとんどやめれたけど、最近になって疲れとイライラで復活してきていたんです。

仕事帰りにスーパーに寄ったら、お菓子やパンに手が伸び。

夕食後にはちょっと甘いものをと。

 

このままじゃまずいなぁって思っていました。

 

この二つをどうにかしたいって悩んでたんです。

 

で、思いました。

わざわざ時間がかかるエクササイズは絶対できないのでただただ下半身に力を入れるのみ。

仕事中に。

エクササイズは一切しない代わりに、平日は甘いものを一切食べない。

週末は食べるけど。

 

を、一ヶ月やってみました。

 

こんなことだけでもやってみるもんですね。

膝の上のお肉がないんです。

もちろん下半身はまだ太いですけど。

でも、膝の上のたるみがなくなっただけで見た目が全然違う。

 

砂糖依存の方も以外に苦も無くできました。

っていうか、疲れる運動をしない代わりに食べないって決めたことも大きいかな。

ただ食べないだけって決めてもなかなかね、続かないから。

二つ一緒にやったことが良かったのかも。

 

このまま続けていけばもっといい効果が期待できるかな。

 

結局は人間性

私が勤めている会社は午後3時に10分間の休憩があります。

今まではお茶を飲んでるか(プロテインも飲んでます)近くの人とお話しているかでした。

 

私は毎日が忙しい。

全ての動きがのろいのか、自分の時間を作るのが下手なのか、読みたくて買った本が溜まっていく。

 

せっかくなのでこの10分間を読書時間に充てることにしました。

そして1冊読み終わりました。

それがこれ。

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この本、結構前に出版されたものです。

結婚して具合悪くなってから何となく感じ始めたんです。

「あれ、私の配偶者って、もしかして・・・」って。

その時ふと、目についた本。

でも、その時は買いませんでした。

 

具合が悪すぎて、そんな本より体を治すことができる内容が書いてある本を読み漁っていたから。

 

最近ね、自分の体調が良くなってきました。

そうなると今までよりも周りのことがよく見えるようになってきます。

 

そうするとね、会社にいる障害者と思われる方々。

毎日見ていると疑問が湧いてくるんです。

なんで、こんな考え方するんだろう?

なんで、こんな行動を起こすんだろう?

って。

 

で、思い出した。

あの本を読んでみようって。

 

旦那さん目線で描かれているから、健常者から見た本だと思って最後まで読んでみた。

 

読んでみた結果。

私の周りにいる障害者と思われる方々とは全く別、でした。

障害としては一緒だと思うのです。

でも、完全に対極にいる。

何故?

 

それはね、あとがきを読んでわかりました。

「僕の妻はエイリアン」っていう本です。

ですから奥様が発達障害ってことです。

で、タイトルからいったらご主人が描かれてるって信じ込んで読み終わりましたが、まさかのあとがきでひっくり返されました。

 

だからなんですね。

 

確かに、本編を読んでいても奥様は相手の事を考えられる方だなって思っていたんです。

私の周りにいる発達障害と思われる方々は自分の我欲にとっても正直に生きています。

それが発達障害なんだと、私は思っていました。

ただ、本では旦那様が奥様の事を思って相手の事を考える事ができるように描かれているのかなとも思っていたんです。

 

が、まさかの奥様が描いていたとは。

相手の立場に立つことができるんですね。

 

これはとっても大きい事ですね。

健常者だって相手の立場に立って考えられない人は嫌われちゃいますから。

 

うん、とってもいい本でした。

でも、参考になりませんでした。

 

結局、人間性なんです。

人柄とか人格とか。

 

それって、結局のところ親ですね。

 

私ね、長女を幼児教室に通わせている時に言われたんです。

「子供はね、親の言う通りには育たないのよ、親のやる通りに育つのよ」

って言われたんです。

ものすごく、納得。

それ以来かな。

自分の人間性について考えるようになって、言動も気を付けるようになりました。

 

もしかしたら、このおかげで障害の方達がわかるようになってきたのかも。

 

この本を読んだおかげで思い出せました。

あの時幼児教室で本当に大切なことを教えて頂いていたんだなって。

 

10分休憩、たかが10分、されど10分、貴重な時間に変わりますね。

 

世にも恐ろしいスタイル

色の濃い車のボディに映った自分の姿を見たのはもう何年も前の事。

木製のビール樽のように映る自分の姿に大笑いしたっけかな。

 

先日、昔着ていた洋服を断捨離していた時の事。

とっても好きだった洋服を思わず着て見たくなっちゃって。

夏物のノースリーブだったけど着てみて鏡の前に立ってみた。

 

ビール樽。

曲線の車のボディでビール樽が思い浮かんでくるのは笑えるけれど。

直線の鏡を見てビール樽が思い起こされるのは、笑えない。

鏡に前に立った時、レトロなたらいが見えちゃった。

ドリフのコントで見た頭上にガンって落ちてくるやつ。

精神的な衝撃もだけど、たらいが落ちてきて背が小っちゃくなって太くなっちゃった気分。

 

そりゃあ、何十年も前の洋服なんて処分するしかないよね。

 

体調を崩して、まだ栄養学に出会ってなかった頃。

よく腰を痛めてました。

整形外科に度々通い、鍼治療にも行きました。

筋肉注射も何回か打ちました。

でもね、根本的に治さなきゃ何をやってもダメですよね。

この時は何が原因か全くわかってませんでした。

 

そんな時に知り合いから

「いい整体師さんがいるよ。」

と、教えて頂きました。

そして、2回程施術してもらったかな。

痛みはとれたんです。

思いっきり動けるってわけじゃないけど、普通に生活は何とか出来るくらいまでは。

 

痛みが取れるとそれが正解って思うじゃないですか。

だからその時は整体ってすごいって思ってしまいました。

 

そして数年が経ち、栄養学と出会います。

筋肉と筋力がなくなって動けないまま栄養だけはしっかりと摂っていたから。

下半身がドーンと大きくなっていきました。

でもね、一応仕事もしてたし、育児も家事もしてるんだからここまで太くならなくってもいいんじゃない?っていうくらい太くなっちゃったんです。

 

上手くいかない下半身痩せに四苦八苦しながらも、栄養学を始めていたから周りの人達のことがよく目につくようになりました。

 

腰を出す人って結構います、私の周りには。

で、整形外科に行く人と、整体に行く人、二方向に分かれていきます。

そして、恐ろしいことに気が付きました。

整体に行った人はだんだん体が太くなっていく・・・

 

まさか?

そうゆうこと?

 

必死になって思い出しました。

今って、栄養のことも流行ってるけど、ストレッチとか筋トレとか体のことが大流行。

体をゆるめるってのも流行ってる。

私も、一応は本屋さんに並んでるものはサッと目を通してます。

 

私がしてもらった整体って、骨盤をゆるめてる?

っていう答えに至りました。

股関節を動かしてた動きが骨盤をゆるめる動きだったんでしょうね。

そんなふうに動かしたら、確かに痛みはとれるけれど、ゆるんで離れていった骨たちの間は何で埋められていくんでしょうか。

・・・それは、きっと余分な脂肪たちでしょうね。

 

この、下半身痩せは、難しいよ。

まずは骨を戻さなきゃ。

 

全ての整体が私が受けたものと同じってことはないでしょうけど、何もわからないまま自分の体を預けるのは怖いことですね。

 

あ、結局のところ腰痛の原因は栄養不足。

プロテインを飲んだらあっさり解消。

体の細胞はたんぱく質でできています。

足りなかったら、痛みくらいでてきます。

 

知識がなかったゆえの大きな代償。

今日も鏡の前で悩んでいます。

言葉を使う心の在り方

GWも後半ですね。

次女は大学の課題でほぼ部屋に籠ってます。

 

長女は関東の大学で寮生活。

長女の住んでるところは蔓延防止等重点措置とやらでGWはバイトも外出も制限されていて、軟禁生活の事。

 

でも、今回はリモートにならず、通常の対面授業が続いています。

 

1月に緊急事態宣言がでましたよね。

年末年始のお休みも終わって大学の寮に戻ったとたんにリモート授業が決定したんですよね。

もっと早く決定してくれてれば新幹線代かかんなかったのにーって思いましたけど。

長女は1週間で地元に戻ってきました。

寮でのリモートも可能だったんですが、寮はもちろんのこと自室からでることさえ制限される生活になるということで、早々に戻ってきました。

 

3月の半ばくらいだったかな。

長女が「はい、どうぞ」ってお菓子を目の前に置いてくれました。

それがこれ、

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何かね、いつも思うんです。

長女っていいタイミングでホッとするような、体の力が抜けるような言葉を使うんです。

 

本当だったら県外で一人で頑張っているはずの時期に親元で面倒見てもらってるんですものね、思うところがあったのですよね。

それをちゃんと表すことができるってすごいなって。

 

このブログでも度々書いてきています。

会社や家での発達障害者や知的障害者のこと。

こういう人達はきっと悪気はないのだと思うのですが衝動的な言動で周りの人間を嫌な気持ちにさせます。

まるでそれが特技のように。

この時丁度そういう人達からのストレスで体調がとっても悪い時でした。

土曜日の休みごとに病院に通っていました。

 

そこへ長女からのあのお菓子。

カッチカチだった心が溶けていくかのようでした。

 

とっても嬉しかったので、そのお菓子は食べずに会社へ持っていき、そもままでいつもお世話になってる方に差し上げました。

こんなふうに気持ちを表せる人でいたいなと思いまして。

 

障害者たちに囲まれて口をつぐんで生きてきたからストレスに負けて体調不良になり続けていた私。

長女を見ているといい言葉を使ってきちんと生きていきたいなって思うようになりました。

 

なので最近ははっきりと自分の思うことを言えるようになってきました。

そのおかげかな?

体調がずいぶんと良くなってきました。

 

そんな長女。

将来は国語の教師を目指しています。

中高一貫校の担任に教師にむいてるからと言われ進学し、大学でも教師にむいてる能力がとても高いと評価を受けています。

 

親の私は

「へぇーそうなんだ」

くらいにしか今まで思ってこなかったけれど、あのお菓子で何故か納得。

長女が教壇に立つ日がとっても楽しみになります。

願えば叶うって、これ? ~断捨離編~

大学生になった次女。

洋服をあまり持っていません。

友人と出歩くのが苦手なため、洋服を選ぶってことをあまりしてこなかったんです。

高校までは制服でしたしね。

 

新型コロナウイルスの影響で県内の大学はほとんどリモートになっています。

が、次女の通う大学は通常どうり。

サークル活動やボランティア活動は禁止されてますが、そもそも授業自体が遅ければ午後8~9時に終わるのでそんな時間は元からない。

 

毎日、始発で学校に通ってる。

となると、次女の悩みは洋服。

次女は学習障害

特に日本語のひらがなが難しいらしい。

読字障害やディスレクシアと言われるもの。

だから他は普通じゃないの?って思ってたけど。

 

これが、結構こだわりが強い。

着心地、質感、肌触り、見た目、全てが自分にフィットしないと絶対に着ない。

しかも出不精で人ごみに行くのが苦手。

その上、洋服を選ぶのが苦手。

 

ここまでくると毎日着ていくだけの洋服をそろえるのは至難の業。

入学して1ヶ月、すでに着ていく服が尽きたようで観念して買い物へ。

 

次女の洋服を買いに行ったのですけれど、ショッピングモールの中で、ふとどうしても入りたくなったお店があったんです。

いつもだったら入らないお店でしたけど。

そしたらね、外側から見えない奥の方に私がどうしても欲しかったスカートが。

ネットで見つけた時には完売してたけど、どうしても欲しくて残念に思ってたスカートが目の前に。

即買いしました。

 

それを見ていた次女。

いつもならどの服を見ても、あれは嫌、これも嫌、って言ってなかなか決められないけど、今回はすぐに選んで、すぐ試着。

そして、即決。

 

初めて、お互いがイライラせず洋服を選ぶことができました。

いつもは何時間もかかっちゃいますからね。

 

で、次の日の次女と私。

何となく気分が良いままクローゼットの整理を。

実はクローゼットの中はぎゅうぎゅう詰め。

 

一応は整理してるともりでしたけど、なかなか昔の服が捨てられなかった。

10年前に好きだった服。

5年前に好きだった服。

痩せたらまだ着れるはずの服。

処分しちゃったらこういう服には出会えないかもって捨てられなかった服。

 

何度もクローゼットで手に取ってみては元に戻していました。

でもね、欲しいって思っていた服が目の前に現れて即買いできるってわかったら。

もう、いいかなって。

 

次女も同じで、なかなか手放さないタイプ。

でも、次女も気分よく洋服を選べたようで。

2人で思いっきり断捨離できました。

クローゼットの中はスッキリで一目瞭然。

 

あれだけできなかったのに、たった1枚のスカートでここまで変わるとは。

 

最近、本や雑誌で願えば叶うみたいなことよく目にしますけど。

これの事?って一瞬思っちゃった。

けど、こんなちっちゃなことじゃないよね。

 

でも、私にはスカート1枚だけじゃなくもっと違うものも叶った気がします。

 

 

でもね、たった1枚。

どうしても処分できなかった25年前のスカート。

めっちゃスタイルが良かった頃(自分で言うなよ)のお気に入り。

もう一度似合うスタイルになるってことを目標に誰もいない時に鏡の前で着てみてます。

それだけはどうしても、ね。

ヘッドスパ

先日、近所の美容室でシャンプーの仕方を教えて頂いた時にヘッドスパの予約をしてきました。

そして、GWの初日の29日に行ってきました。

 

午後1時の予約時間に到着。

まあ、家から歩いて5分ですけど。

すぐにスタートかなと思いましたけどまずはカウンターへ。

そしてカップにお湯が注がれ、何が始まるのかな?って見ていたらそこへピンクの粉が。

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多分、これ。

体の中をクレンジング。

これを頂いたら、ヘッドスパへ。

 

スパは約1時間。

初めはね、意識はあったのです。

初めのオイルマッサージではすっごく良い香りだなって思って、何の香りか聞いたところまでは覚えているのですが。

 

最後に髪をタオルで拭かれた時に目覚めました。

ヘッドスパの感想が書けずです。

 

次は鏡の前に移動です。

髪を乾かす時にはハーブティーを頂きました。

デトックスのお茶、だったかな。

 

お茶を頂いたら次に出てきたのは黒い粉。

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これ。

これを水素水に溶かして頂きました。

見た目は墨汁。

これも体のクレンジングだそうです。

 

そしてヘッドスパ自体も脳を刺激して腸を動かして綺麗にしていくものということでした。

ヘッドスパを受けている最中はぐっすり眠っていましたけど腸はしっかり動いていたようで音がしっかり鳴っていたようです。

 

ヘッドスパはねとっても気持ち良かったです、しっかり眠れましたから。

それに頭もスッキリ軽くなりました。

真っ赤だった頭皮もちゃんと白くなりました。

 

美容師さんもね、

「今日はぐっすり眠れますよ。」

って言ってくれましたので、朝までぐっすり眠れたら嬉しいなと思いつつ布団に入りました。

 

ですが、午前3時。

腹痛で目覚めました。

・・・下痢です。

午前5時、起きなきゃいけない時間です。

起き上がった途端に、トイレへ。

トイレからでた10分後、またトイレへ。

 

この日はGW2日目ですが、私の勤めている会社は仕事日。

出勤時間まで12回もトイレに籠ってしまいました。

 

会社に行っても何度も下痢。

夕方は次女の迎えがあるのでぎりぎりまでスーパーのトイレで。

 

午後9時、やっと終わりがきたようで。

次の日は無事に元に戻りました。

 

辛かったです。

1日で20回位、トイレに行ったかな。

 

確かに体のクレンジングっていうのはいろいろ飲んだけど、ここまでになるとは予想外でした。

 

どれが、一番効いたのかな?

それとも全部かな?

他の人もこんなことになるのかな?

それとも私だけ?

下痢をしやすいからなっちゃたのかな?

 

もう、頭の中は?だらけでちょっとパニック。

 

でも、落ち着いて考えてみたら、体の中は相当綺麗になってるってことかな?

 

頭皮や髪を綺麗にするにはやっぱり腸からなんでしょうね。

 

ヘッドスパを経験した人ってみんな、この経験をするのかな?

 

ヘッドスパの効果、もうちょっと理解したいので今月も予約を入れてみました。

もしかしたら全身に影響があるかも。

 

次回は眠らずに感想を書けたらなって思います。

 

 

聞く耳

私の周りにいる、健常者とはちょっと見分けがつきにくい障害者と思われる人達。

基本的に、いつでも上から目線です。

なので、誰からのアドバイスも受け入れない、と言うか、聞く耳を持ってないというか、本当のところは健常者の言葉を理解することができないってだけ。

そして、自分が理解できないってことが悔しいから、まず相手をバカにする。

そうすれば、自分が優位に立った気分になれるから。

まあ、健常者からみたら、それは人間性が悪くて頭の悪い人にしか見えないんだけどね。

だから、障害者と思われる人達は自分が障害者と理解しなければ全く人として成長できないと思います。

 

でも、これは健常者も一緒。

今の自分を知ってから努力が始まりますもんね。

 

私の配偶者もそうです。

まず、私の話は聞かないというより、バカにできる部分を探しながら聞くというものでした。

そして必ず否定。

仕事のできる上司の話も聞かないようでした。

表面上は聞いてる振りをしてくるのでしょうが、家で文句を言っていました。

 

でも私が聞いてる限りではどれも上司の方の言い分が正しいと判断しましたけどね。

 

そんな障害者たちってどうなると思います?

周りから人がいなくなっていくんですよ。

私の配偶者は休日に会う友人がいません。

唯一の友人が昨年に亡くなりました。

小学校が一緒だった地元の友人です。

 

私はね、長年に渡りバカにされ続け病気になってしまったので配偶者とはここ数年は連絡事項のみしか会話はしていませんでした。

笑いもしないし。

子供達だって。

母親をバカにし続ける父親となんて会話をするわけありません。

 

人をバカにする人間は、基本的に相手の人間性を見抜けません。

だから、相手が自分の人間性を見抜いていることにも気づきません。

だから誰もいなくなる。

 

私の配偶者もそう、なんでしょうね。

会社内では無難な会話はしてくれても誰もプライベートを誘ってくれる人はいない。

つまり、会話をしてくれる人がいないんです。

 

そうなると、どうするのか?

私に話しかけてくるんです。

一応、私も大人なので答えますが。

少しでも私のことをバカにしてると感じたら。

一瞬で、無言になります。

 

そうすると配偶者も困るようで。

言葉に気を付けるようになってきます。

 

そして私も答えるときに自分の考えを必ず入れるようにします、例えを使って。

私の考え方は配偶者とは正反対。

私の考えをいろんな例えで表現して答えてるけど全ての言葉の中にこんな意味が入ってる。

「お前は人をバカにしすぎなんだよ!」

 

この言葉、配偶者がどれほど理解しているかわかりませんが、最近は否定もせず、反論もせずに聞いています。

 

多分、理解していない部分が多いと思うけど。

考えるきっかけにはなるんじゃないかと思っています。

 

私の次女もそうでした。

学習障害で聞かないタイプというより、理解できなかったんだと思う。

でも、自分が障害だと知って、他人の話を聞くようになったら、成長が目覚ましかった。

 

健常者だって独りよがりは成長できません。

聞く耳はとっても大切。

 

アラフィフの配偶者。

これから成長することはできるのかな。

 

 

モラハラ

体調不良になり、たくさんの病院を廻りました。

今も、通っています。

 

で、必ず言われるのがストレス。

美容室でも言われちゃいました。

 

もちろん、ストレスなんて誰にでもあると思う。

このブログに書いてきた私のストレス。

義母の事と職場の事。

まあ、普通にある、ストレスだよね。

 

確かに結婚当初に義母からの嫌がらせでまともな食事をできないようにされて体を壊したのは確かだけれど。

もう25年以上も前。

栄養学に出会うのにも10年はかかったから10年間は義母からのストレスで体調不良だったのは間違いないと思う。

 

でも、今は食事は全く別。

栄養学に出会って10年以上経っている。

 

確かに食事は別でも同居はしているから義母からの嫌味なんてちょくちょくある。

でも、そんなのは言い返すし、無視もする。

なので病気が続くようなストレスなんてかかってこないと思う。

 

職場でだって、正当的な嫌なことはきちんと否定して拒否をします。

きちんとNOを言わないと発達障害者には伝わりませんから。

まあ、言ったところで発達障害者は理解をしてくれはしないんですけど、私が怒っているということを感じてくれて改善をしてくれます。

 

なのでこんなことではストレスで病気になり続けるなんてことは無理だと思います。

 

では、一番のストレスは何か?

ここまで来たらひとつしかないですよね。

もちろん、配偶者ですよ。

結婚した当初はまだ世の中に浸透してない言葉。

今だったら当たり前に問題になる言葉。

モラハラ

DV。

 

多分、私はこれをずっと見ないふり、なかった事にしていたんだと思う。

 

私の両親はともに亡くなっています。

だから帰る実家がありません。

それ以前に頼れるような親ではなかったので、就職と同時に家をでました。

 

そして結婚当初から体調不良になりまともに動けなかったから離婚したって子供をきちんと育てるお金が無いから、ここにいるしかなかった。

だから、身体がダメになる程のストレスが今もかかり続けているんですよね。

 

配偶者(←何故、旦那や主人と書かないのか→実は吐き気がしてきて書けない。以前にブログで旦那と書いたけど未だに心に引っかかっている、トラウマかな)からのストレスはね、義母そっくりってこと。

まず、私をバカにする。

料理を作れば、「不味い、不味い」

そんなことを言われれば頭にくるので完璧にこなすようにすると、理不尽なバカに仕方をしてくる。

例えば、私が室内用に1900円のパーカーを着ています。

それを見つけるとすぐさま自分のパーカーを持ってきて、

「1900円のパーカーなんてバカじゃねーか、俺んのなんて1万5千円もするんだぞ、すげーだろ」

って言っていくんです。

唖然としますよね。

直接的な暴力はないけどよく物を投げたりしたり。

家族で車に乗ってると暴走したり。

車で事故って死ぬんだろうなって何度思ったことか。

 

こんな生活が続けば多少の対処はします。

ただ行く場所がなく、体を壊したせいでお金もないのででて行けない。

 

だから、一切の感情を無くして生活してました。

能面のような生活。

 

そしたら最近なんか違うんですよね、配偶者の態度が。

多分、何か感じたんですかね。

私の機嫌を見ながら接してくる。

 

でも、今も嫌味はあるけど。

今回の私の歯科医院の通院もそう。

痛みがでてるからインプラントの治療をすると言ったら反対してきた。

配偶者は私がお金を使うのを嫌う。

もちろん、治療費は私が自分で働いたお金だけど配偶者は私のお金を欲しがっている。

一昨年までは実際に毎月、取られていた。

だから痛みがでているから治療をすると言った私に、

「神経を抜けばいいだけじゃねーか」

と言った。

 

やっぱり、人間の本質って変わらないんだ、って思ったのが昨年の6月。

 

このままじゃ、いくら栄養学をやっても、病院を廻っても、美容室に行っても何も変わらない。

 

インプラント治療を決めた時もそう思ったけど、やっぱり本気で自分の身体を治そうと思う。

だからモラハラっていうストレスに真っ向から挑んでいこうと思います。