かこの心も体も健康になるblog

アラフィフからの健康美を追及していきます。

奪ったものは奪われる

私は聖人君子ではないけれど、最低限の人間性は持っているつもり。

 

発達障害者と思われる人達は健常者には気持ちや考えがないと思っているのか、それともこの世には自分と同じ考えの人しかいないと思ってるのか。

全く持って、私にはわからない。

だから会話をする度にどっと疲れてきてしまう。

気力、体力、人間性、が失われていく気がしてならないんです。

 

先月の一か月間、緊急事態宣言で長女は大学に戻れませんでした。

ちょうど配偶者の関連の仕事場で一ヶ月ほど数名のバイトを募集していましたのでそこで働くことになりました。

一か月間のバイトを終え、今月にお給料が振り込まれることになりました。

そのお給料の明細が届いた時に計算ミスがありました、との連絡が。

内容はお昼休憩分を引くのを忘れてそのまま振り込まれたのですが返却は不要です、とのこと。

配偶者は喜んで私に報告してきました。

わざわざ計算していくら得をしたのかと。

私は一応聞き返しました。

「会社としてそれでいいの?」と。

配偶者は

「いいんじゃない。もう計算が終わってるから。」と。

 

そういうものなのかな?確かに会社側の計算ミスでこちら側には落ち度があることじゃないけれど、嬉しいことでもないと、思うのは私だけなのかな?

 

配偶者は得だと思うことが大好き、例え人から奪ったとしても。

それもくっだらないちっちゃいことまでも。

次女が中学生の頃だったかな。

長女の交換留学でオーストラリアからホームステイを受け入れました。

次女にとって初めて家に来た外国の人。

何とかおもてなしをしたかったんでしょうね。

小さい頃から貯めていた自分のお金でこの辺りで昔からある和菓子を買ってきました。

それを留学生に食べて欲しくて。

そのお菓子を留学生にあげました。

そこまではほのぼのしたいい光景だなあってみていたんです。

だけどね、それをみていた配偶者は。

欲しかったんですね、そのお菓子が。

普通のまともな大人なら後日自分で買いに行って食べますよね?私ならそう考えます。

でもそうじゃないのが人間性の悪い発達障害と思われる人達。

配偶者はいきなり何を言い出すかと思ったら、

「ちょうだい、ちょうだい○○(自分の名前)にもちょうだい」と喚きだしました。

それを言われた次女は驚いて固まってしまいました。

それに気付かない配偶者。

次女が出し渋ってると思ったんでしょうね。

追い打ちをかけて

「ねえ、いいでしょいいでしょ○○(自分の名前)にもちょうだいよ~」って貰うまで喚き続けてました。

そして奪い取ったそのお菓子を喜んで食べていましたよ。

 

小さなことはこんなこと。

私から見た大きなことは、やっぱり生活費。

健康のため、成長するため、生きるために必要だったはずの生活費。

配偶者が自分が楽しむためにそこを奪ってきた結果、障害者が産まれたり、病気が多かったりするのです。

長女も栄養学を始める前は病院通いが多く、入院もしていました。

次女は学習障害で産まれたので大学受験まで塾代がかかりました。

生活費が2万円じゃなかったらこのお金はかかっていなかったと思っています。

 

きっと細かいことを思い出していくとキリがないと思ってます。

これが配偶者にとっての正しい人間性なんでしょうけど。

見える物しか見えない人ってやっぱりいるんでしょうね。

 

奪ったお菓子や奪ったお金。

奪い返されるものは同じものとは限らないですよね。

本当に奪われちゃいけないもの。

健康、信用、人間性、こういうものが奪われていく気がしていく。

つまり未来や将来が奪われていく気が・・・

 

あ、長女には連絡をしておきました。

相手方のミスとはいえ予定外の物。

ラッキーと受け取ってしまえば何かを無くしてしまいそう。

少しでも回避できるようにコンビニでもいいので募金箱に少しでも恩を送りましょうと。